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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)15号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決取消事由について判断する。

1 取消事由(1)について

右当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第二、第五、第八、第一六号証により認められる昭和五三年八月三一日付、昭和五四年一一月二四日付、昭和五五年五月一四日付各手続補正書により補正された本願明細書(以下、「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明の記載によれば、本願発明が「紙匹に液状発色剤を含み圧力によつて破裂するカプセルを含む乳剤組成物をまず被ふくし、次いで乳剤被膜の上に粘土塗被組成物を塗布して乳剤被膜上に粘土被膜上塗層を形成した、紙匹の片面に比較的均一で滑らかな被膜を有する二重に被覆された紙を連続一段法で製造する」方法に係り、その製造方法として右特許請求の範囲に記載された工程を行うものであることが明らかである。

これに対し、成立に争いのない甲第一一号証によると、第一引用例は感圧記録紙に関する考案を開示した実用新案公報であり、その考案は「支持体の片面に塗設された電子受応性吸着性発色物質を含む層と被吸着性呈色物質を内含するカプセルを含む層とを設け、且つこれらの層の中間に保護膜層を狭入させた感圧記録紙」に係るものであり、この記録紙の製法については、その考案の詳細な説明中に被告が取消事由(1)についての反論において引用する各記載があることが認められる。そして、第一引用例の「支持体」、「電子受応性吸着性発色物質を含む層」、「被吸着性呈色物質を内含するカプセルを含む層」がそれぞれ、本願発明における「紙匹」、「粘土被膜」、「乳剤被膜」に相当することは、原告も明らかに争わないところである。

右事実によると、第一引用例は、感圧記録紙の構造に関する実用新案公報であるが、その考案の詳細な説明中に、乳剤被膜と粘土被膜の塗設の順序及びその塗布方法が当業者が実施できる程度に具体的に記載されていることが明らかである。

もつとも、第一引用例の感圧記録紙が乳剤被膜と粘土被膜の中間に保護膜層を介在させたいわば三重被覆紙であることは、原告主張のとおりである。しかしながら、第一引用例の保護膜層の設置が製造された感圧記録紙のその後の取扱い時におけるカプセル破壊による発色事故を防止するために考案されたものであり、感圧記録紙の製造時点における発色事故を特に問題としたものではないこと、第一引用例の保護膜層はカプセル壁の強度を向上すれば不要となるもので、保護膜層を省くというような問題はもともと本願発明の技術課題とは無関係であることは、原告の自認するところである。原告の自認するこの事実によれば、保護膜層の存在は乳剤組成物及び粘土塗被組成物の各被覆方法及び乳剤被膜と粘土被膜の塗設の順序それ自体とは直接の技術的関連を有するものでないことが明らかといわなければならない。

したがつて、審決が本願発明において示された被覆紙の製造方法と第一引用例に示された前示の被覆紙の製造方法を対比して、製造される被覆紙についての保護膜層の存否を両者の相違点(1)として摘示した上、「両者は、紙匹に液状発色剤を含み圧力によつて破裂するカプセルを含む乳剤組成物をまず被覆し、次いで乳剤被膜の上に粘土塗被組成物を塗布して乳剤被膜上に粘土被膜上塗層を形成した、紙匹の片面に比較的均一で滑らかな被膜を有する二重に被覆された紙を製造している点で一致している」と認定した点に、原告主張のような両者の差異の看過はないといわなければならない。

2 取消事由(2)について

本願明細書の発明の詳細な説明の項の記載(甲第二号証五頁一五行ないし六頁一行)によれば、本願発明の出願人である原告も自認しているとおり、乳剤被膜と粘土被覆が紙の同一面にあつて、乳剤被膜が粘土被膜よりも下に形成されている本願発明の方法で製造される二重被覆紙と同じ構造の被覆紙が本願の優先権主張日前すでに当業者間において自己発色型紙との名称で周知であつたことが認められる。また、右発明の詳細な説明中の「本発明の目的は最初に形成される被膜が感圧性物質からできている前記のタイプの自己発色型紙を製造する新規にして改良された方法を提供するにある。」との記載(同号証六頁六ないし九行)によれば、本願発明の方法が自己発色型紙を製造する方法を改良する発明であることが明らかである。

これらの事実に前叙のように原告が自認するとおり、保護膜層を省くことが本願発明の技術課題ではないことを併せ考えれば、乳剤被膜と粘土被膜の間に保護膜層を介在させることなく、製造時においてカプセルの破壊による粘土被膜との発色反応を生じさせないで、右二重被覆紙を製造すること自体は、右優先権主張日前すでに周知の技術であつたと認めるのが相当である。そうすれば、第一引用例の保護膜層を有する被覆紙に代え、保護膜層を設けることを省いた被覆紙を製造してみる程度のことは当業者が容易になしうることと認められ、これと結論を同じくする審決の相違点(1)についての判断に誤りはないといわなければならない。

3 取消事由(4)について

前記本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、二重被覆紙を製造する本願発明の方法において特徴とするところは、「まず乳剤塗膜を紙匹の片面に塗布して、塗布物がまだ濡れている間にエアナイフで塗布物を修正して塗布物の厚さを制禦し、紙匹の片面上に塗被組成物を均一に分配し、乳剤被膜を乾燥」させることと、「塗布された紙匹の同一面上に粘土塗被組成物を塗布して乾燥乳剤被膜の上に粘土被膜上塗層を作り、粘土被膜が濡れている間にエヤナイフで粘土塗被物を修正して被膜の厚さを制禦すると共に紙匹上に粘土塗被組成物を均一に分配し、次いで粘土被膜を乾燥させること」にあるとされていることが明らかである。一方、第三、第四引用例に審決がその理由の要点2で認定した記載があることは原告の認めるところである。この第三引用例の記載によれば、乳剤被膜の塗設方法としてエアナイフ塗布方法を用いて被膜を形成しその後に乾燥していることが、また、第四引用例の記載によれば、粘土被膜の形成方法としてエアナイフ塗布方法を用いて被膜を形成しその後に乾燥していることが、本願の優先権主張日前に公知の技術であつたことが認められる。

そして、成立に争いのない乙第一、二号証の各一ないし三によれば、エアナイフ塗布方法はロールで塗被した塗布面にスリツトから出る空気流を吹きつけて空気の圧力で余分の塗料を除去し平らな塗被面を得る塗布方法であつて、本願発明の優先権主張日前すでに紙の塗工法の一つとして慣用の技術であつたことが認められる。そうとすると、本願発明において用いられるエアナイフ塗布方法が右の慣用のエアナイフ塗布方法をそのまま適用するものであることは明らかである。したがつて、乳剤被膜と粘土被膜の塗設方法につき、前示第三、第四引用例に開示されたところに従い、右慣用のエアナイフ塗布方法を応用してみる程度のことは当業者が容易になしうるところといわなければならず、相違点(3)及び(4)についての審決の判断を誤りということはできない。

原告は、本願発明のエアナイフの用い方はカプセル層、粘土層を均一に形成するために用いるもので、そのような用い方は第三、第四引用例のいずれにも記載されていないと主張するが、前叙のとおりエアナイフ塗布方法は平らな塗被面を得る塗布方法であり、本願発明のエアナイフにより乳剤被膜及び粘土被膜を均一に形成することは、右の慣用のエアナイフ塗布方法により得られるところと異なるところはないと認められるから、原告の右主張は失当である。また、原告は、第四引用例はエアナイフ塗布後のカレンダーがけを必須のものとして教示している、と主張するが、成立に争いのない甲第一四号証によれば、第四引用例には被告が取消事由(4)に対する反論において主張するとおりの記載があることが明らかであるから、原告の右主張も失当である。

4 取消事由(3)について

前記本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明において乳剤被膜及び粘土被膜の塗設は連続一段法で行われるのであるが、前示本願明細書の発明の詳細な説明の項の「このような場合には異なる塗料組成物を、順次連続的に移動する紙匹上に塗布することができ、従つて各々の塗被作業間に休みを与える必要がない。乳剤被膜形成及び乾燥直後、連続して粘土被膜層を形成することは、別の機械で二工程を行う場合に必要な巻き紙取り扱い中にカプセル被覆紙を保護するに要する保護添加物を不要とする。」との記載(甲第二号証一二頁下から二行ないし一三頁六行、甲第一六号証補正の内容(24)、(25))によれば、本願発明の連続一段法とは、乳剤被膜の塗設と粘土被膜の塗設を別の機械で二工程に分けて行うのではなく、乳剤被膜の形成及び乾燥直後連続して粘土被膜を形成及び乾燥することに尽きることが明らかである。それ以上に特段の技術手段を用いることは本願明細書上何ら開示されていない。一方、第二引用例に審決の理由の要点2で審決の認定した記載があることは原告の認めるところであり、これによれば、感圧記録紙の製法において乳剤被膜の塗設と粘土被膜の塗設を別の機械で二工程に分けて行うのではなく、乳剤被膜の形成と乾燥工程の直後に連続して粘土被膜を形成し乾燥することは、本願出願の優先権主張日前に公知の事実であつたことが認められる。この事実によれば、第二引用例に開示されたところに従つて、二重被覆紙の製法につきエアナイフ塗布方法による乳剤被膜の形成と乾燥及びエアナイフ塗布方法による粘土被膜の形成と乾燥というそれ自体周知の技術を連続して行うことを試みることに特に技術的に困難な点は認められない。結局、審決が第二引用例の「連続して塗布するという操作のみを、本願発明に応用してみる程度のことは当業者が容易になしうることと認められる。」と判断したことに誤りはないといわなければならない。

なお、原告が取消事由(4)において本願発明の優れた効果として主張するカプセルの保護添加物、接着剤、乳剤組成物の各使用量の減少という点は、原告の主張自体からも明らかなとおり連続一段法を採用したことから当然に生ずる効果であつて、予測可能な範囲を出るものとは認められず、また、カレンダーがけなしで平滑面となるとの点は、前叙のとおりエアナイフ塗布方法の当然奏する効果であり、これらの効果をもつて格別の効果ということはできない。

5 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。

三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。

紙匹に液状発色剤を含み圧力によつて破裂するカプセルを含む乳剤組成物をまず被ふくし、次いで乳剤被膜の上に粘土塗被組成物を塗布して乳剤被膜上に粘土被膜上塗層を形成した、紙匹の片面に比較的均一で滑らかな被膜を有する二重に被覆された紙を連続一段法で製造するに当り、まず乳剤塗膜を紙匹の片面に塗布して、塗布物がまだ濡れている間にエヤナイフで塗布物を修正して塗布物の厚さを制御し、紙匹の片面上に塗被組成物を均一に分配し、乳剤被膜を乾燥し、塗布された紙匹の同一面上に粘土塗被組成物を塗布して乾燥乳剤被膜の上に粘土被膜上塗層を作り、粘土被膜が濡れている間にエアナイフで粘土塗被物を修正して被膜の厚さを制御すると共に紙匹上に粘土塗被組成物を均一に分配し、次いで粘土被膜を乾燥させることを特徴とする連続一段法で二重被覆紙を製造する方法。

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